☆.。.:*・ ムーン バタフライの卵 .:*・°☆

今日は音楽の授業で
今度の音楽会の合唱隊のメンバーが発表されたんだけど、
なんと僕も入っていた。

僕はそんな歌がうまいほうじゃないし、
授業でだってちゃんと歌った事がないのに、
何故だろうと思って、その理由を
放課後シェリア先生に聞いてみた。
そうしたら素質があるから、だって、
そんなの勝手に決めないでほしい。

僕は人前でなんて絶対に歌えないんだ、
だってそんな度胸はないから。
だってユウやティナに何か言われて
絶対に死ぬ程恥ずかしい思いをするんだから…

僕は帰り道
何度断っても聞いてくれないシェリア先生に腹を立ててた。
僕が嫌がる程、やってみたほうがいいとすすめるんだ。
僕は足下の小石を蹴散らしながら道を歩いていると
ふっと目の前に黒いものが見えた、と思ったら
僕の襟元に何かがくっついた!

!!!

僕からは何がついているか見えない、けど
何かが僕の襟元にとまっているのはわかる
「うわ!」
僕が慌ててはらおうとしたその時
「待って!その蝶を捕まえて!」
横の茂みからボサボサ頭に沢山葉っぱをつけた青年が
声を裏返しながら叫んだのが聞こえた。

ちょ…蝶??

はらおうとした手はそのまま止まった。
止めたんじゃなくて、固まったんだ、僕が。
「君、その蝶を…蝶を…………大丈夫?」
青年は手を上げたままの状態で立っている僕を
不思議そうに見ながら、ちょっとごめんね、と言って
僕の襟元にとまっていた「蝶」を捕まえたようだった。
「蝶苦手だった?」
ぎこちなくうなずく僕に、青年は手際よくその蝶を
パラフィンの三角紙に包んで、
肩からかけている小さな箱に入れた。

「ほら、もう大丈夫。
この蝶は夜行性なんだけど、君に誘われて
起きてしまったようだね。
君のその襟元の釦を少し見せてくれるかな?」
彼は僕の襟元に顔を近付けると小さな虫眼鏡で
花の刺繍のついている釦を観察していた。
まさか花と間違ってとまった?

「…あぁ、これはムーンバタフライの糸だね」
「ムーンバタフライの糸?」
「そうそう、さっきの蝶がムーンバタフライ、
この蝶は卵を生んだ時に、卵をを守るために糸を作るんだよ。
花の真ん中に1つ卵を生むと、その糸で優しく包み、
その卵から幼虫が生まれるまで、敵から守る習性があるんだ。
今は数が少なくなっている品種だから、僕はこうして捕まえて、
大学で繁殖させているんだよ。
ちなみにこの釦はどこで買ったの?」

僕は一瞬悪い事をしているような気分になって、
釦を隠して後ずさってしまった。
そんな僕をみて青年は
「あ、ごめんごめん、
その釦が素敵だったから、僕も欲しいなと思って。
蝶の糸は、幼虫がうまれれば用済みだから、
よく刺繍の糸として用いられているんだよ
これは正当な使い方だよ、
そしてムーンバタフライが好きな僕は
もちろんコレクションしてるんだ」
それに蝶を捕まえるのに役立つ、とその青年はニヤリとした。
僕はほっとするといつもの雑貨店のお店を紹介す。
これは買ったわけじゃなくて、以前お気に入りの
くるみ釦をなくしたときに
店主がつけてくれたものだったんだけど

翌日雑貨店に寄ると、思ったとおりあの青年がいた。
今日は昨日のボサボサ頭ではなくちゃんとしていて、
手元には何故か試験管を持っていた。
「あ、君」
店主がココウ君は蝶が苦手だったんですね、なんて言って笑っている。
「ほら、これが昨日いっていた蝶の卵だよ。
こうやって保管しておくんだ。」
僕がカウンターの席に座ると青年が試験管を見せてくれた。
中には少し枯れたような草と、丸い繊維のようなもの、そして
薄いブルーの石と、苔のようなものが入っていた。
「この底にあるのが、その花の生えていた場所の苔、
そしてこの石は羽をより青くするために入れているんだよ。」
この卵は今不活性化状態で、こうやって卵を保管して、
時期をみて、外部刺激、すなわちこれは温度の事なんだけど、
特定の温度の保温機にいれて
ヒョッコリ誕生させるんだ
それがまたかわいいんだよね〜!と
その大学生は熱く語った。

ヒョッコリ?

僕は興味無さそうに聞いていると、
昨日の蝶を見せてくれるといった。
(僕はいいっていってるのに!)
広げられた白いパラフィンから見えたその蝶は
昨日の真っ黒な色と違って、ブルーの綺麗な色をしている。
僕は思わず身を乗り出して覗きこんでしまった。
これは大学に持っていくまで仮死状態にしてあるんだよ、とその大学生は言う。
その蝶はまるで死んでいるかのように羽を閉じて動かない。
そして角度を変えて光に当てるとレピドプテラが黄色く偏光する。
「この蝶は羽の表は真っ黒なカラス色だけど、裏はこんなに綺麗なんだよ。
普段は夜の闇の中でひっそりと身を隠しているんだけど、
僕はこの蝶がとっても綺麗な事を知っているんだ、
これは一種の擬態の役目なんだけどね。
見上げて見る月の光に透けたこの羽は
本当にとても美しいんだよ。」

蝶は好きになれない、だけど綺麗だと思う。
その青い羽の光彩を愛しそうに見つめるその瞳は
まるでシェリア先生を思い出す。

僕は身を隠している蝶?
(…蝶は苦手なんだけどな…)

そういえば今回の合唱で歌う歌の歌詞に蝶がでてきたっけ、なんて
思いながら、僕は店主の入れてくれた甘いミントのお茶を飲んだ。
大学生の語るよくわからない難しい話を聞きながら
僕は明日は合唱隊の練習に参加してみようかな、なんて思い始めていた…

だって僕もこんな蝶のようにシェリア先生に想われているなんて
ちょっと悪くない、なんてね




Item:12
name:ムーンバタフライの卵
その糸は綺麗な刺繍にも使われるという
青く黒い蝶の卵が入っている
(大学生所有)